金曜日, 3月 23, 2007

3月24日クシニッチがブッシュ弾劾?

昨年11月のアメリカ中間選挙で野党民主党が大躍進し、これでブッシュ政権もいよいよ死に体かと期待されたのですが、多くのひとたちの予想に反して、肝心の民主党自身がフラフラとブッシュ政権との直接対決を避けるようなことばかりやるのでがっかりしている、というのが大方の見方です。

ブッシュ大統領とチェイニー副大統領を弾劾しようという声はだいぶ前から議会内でも上がっていて、とくにこんど議会司法委員会の委員長になったジョン・コンヤーズ議員などはその最先端でがんばっています。ところが民主党のペロシ議長が弾劾はあり得ないと中間選挙の直後早々に宣言してしまったので、それで弾劾運動は腰砕けのような感じになっていました。

ところが、一昨日おどろいたことに、あのデニス・クシニッチが「こうなったら戦争を阻止するには、ブッシュたちを弾劾するしか方法がないのかもしれない。どうだろう、みなさんの意見を聞かせてくれ」と呼びかけたのです。

すると、シンディ・シーハンがすぐ以下のような公開書簡をデニスに送りました。(それを訳しました。)

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親愛なるデニス

世界に多大な死と破壊をもたらすことになった「恐怖と畏怖」から4周年記念日にこの手紙を書いています。
わたしたちは、あなたがイラクへの侵略と占領に反対してとった勇気ある行動とイランへの侵攻を止めようとしている努力に感謝します。
3月15日の議会で、あなたはイランへの先制攻撃がいかに間違っているか、いくつかの理由を正しくあげて、さらなる軍事行動も辞さない構えのブッシュ政権を阻止するためには、「弾劾」しかないかもしれないと発言しました。
イラン侵略は避けるべきだと言うあなたのあげた理由は、ジョージ・ブッシュたちがイラクへの不法で社会的倫理に反する侵略と破壊的占領に対して弾劾されるべきという理由とまさに同じです。
弾劾をこの110回議会の最初の優先議題にすべき理由は重々ご承知でしょう。
戦争開始以来5年目にあたり、何十万人が死に、国は破滅状態であるのに、われわれの憲法と人間性に反する犯罪には終わる気配もありません。
じっさい、ブッシュ政権は暴力をさらにエスカレートし、議会にそのためのさらなる大きな予算を要求しています。
この国とこの惑星の関心ある私たち市民は、あなたに一刻も早く弾劾法案を議会に提出して、この統治するだけで奉仕しない政府を阻止することを要請します。
ブッシュ政権の罪を逃れている犯罪のために、アメリカ合衆国は世界中で憎まれ非難されています。この過ちを正し、アメリカをふたたび希望と尊敬をもって迎えられる国にするには、わずかな機会しかありません。
アメリカ国民と世界があなたに期待しています。どうか期待を裏切らないでください。

シンディ・シーハンと関心ある市民たちより

火曜日, 3月 20, 2007

3月20日親業

きょうは、杏菜ちゃんの卒園式でした。ほんのこの前入園式をやったとおもっていたら、もうこんなに成長していたのですね。この数年、毎日送り迎えをしてきた私も卒園式です。

毎朝起きると台所の寒暖計を見るのが日課ですが、このところ毎日零度以下です。3月ってこんなに寒かったのでしょうか。地球温暖化が叫ばれていますが、確かにそうかもしれません。この2月は異常に暖冬だったそうですね。先週アメリカから帰って驚いたのは、いつもは冬になると必ず枯れてしまう庭のレモングラスが青々と茂っているではありませんか。昨年蒔いた小麦もなにか例年に比べると、背が高いようです。今日桃のつぼみがもうふくらんで明日にでも開花しそうになっているのに気づきました。

温暖化問題については、賛否両論があって科学的データの取り方でまったく異なる結果が出てしまいます。地球規模の温度変化測定はじっさい非常に難しいことだそうです。確かに北極の氷山は融けて来ていますが、南極では逆に増えているそうなんです。ただ確実に言えることは、地球規模で気候変動が起きていることだけは確かなようです。

さて、2ヶ月も留守するともちろんやる仕事がたくさん溜まっていて、それこそなにから手を付けていいものやら途方に暮れている状態。毎冬来てくれる留守番役のアコちゃんが、薪をたくさん用意してくれていたのでこれは大助かりです。

田んぼに水を入れる前に、周りの杉の木を切らなければいけないので、これが仕事始め。大家さんがたぶん30年前くらいに植林した杉が大きくなって田んぼの周囲を暗くしているからです。チェーンソーだとものの1分も掛からずに切り倒せてしまいます。何本も切って行くと、さすがになにか罪悪感を感じてしまうので、ときどき休んで、木に話しかけながらやっています。山の急な斜面ですから、足場が悪く、気をつけないと危険な仕事です。

さて、この日曜日は、友人で親業シニアインストラクターの瀬川文子さんの講演を鴨川の城西大学キャンパスに聴きに行きました。親業というのは、親とこどものコミュニケーションを効果的にとっていくための親のトレーニングと言っていいでしょう。

瀬川さんの話しには、身につまされるような非常にためになる言葉がちらばめてありました。親業は親とこどものコミュニケーション技術ですが、もちろんそれだけではなく、夫婦や他人とのコミュニケーションにも同じように適応できます。

私たちはなにかこども(相手)の行為を見て嫌だ、困ったと感じたとき、それをこども(相手)の問題だとして、反応しますね。「まあ、どうしてこんなことをするのか」と、まず怒りがきます。でも、それはよく考えると困っていて嫌だと思っているには、私本人なのですね。それを「ダメ!」とか「なぜするのか」というように言ってしまうと、その瞬間こどもとのコミュニケーションは途絶されてしまうのだそうです。

そこで大事なのは、相手の行動によって、私がどのように影響を受けるのか、そして、これが最も大切ですが、私がどのような気持ちになっているのかを伝えることだと言うのです。あなたがどうこうしたから、のではなく、私がどう感じているのかを伝えることで、つまり怒りの前の感情ですが、こどもが安心して心をひらきコミュニーションが途絶えることなく続いて行くのだそうです。
要点は、いかにこどもとの会話をつづけるかがポイントだそうです。こどもに命令、説教、提案、理屈、脅迫、非難、ほめる、激励、尋問、ごまかす、などという対応をするとその瞬間コミュニケーションが止まってしまいます。
それではどうしたらいいのかと言うと、それが実に簡単なことで、相手の言ったことを繰り返す、だけでいいのだそうです。

こどもが、「こんなにたくさん宿題できないよ」と悩みを訴えて来たら、「勉強するのがあなたのするべきことでしょう」など頭ごなしに意見や命令などするのでなく、「そう、たくさん宿題がでちゃったんだ」とそのまま返してやるのです。
するとこどもは、話しを聴いてもらえると思って安心しほっとします。そしてなにが次に起きるかと言うと、聞いてもらえることで、こどもは自分の悩みを整理しやすくなり、こころが落ち着いてきて、自ら解決の糸口をみつける力を発揮できるようになるそうです。

「うん、でもなんとかやってみるよ」というふうに、こどもは自分で解決法を考えられるのです。

悩みの答えは、悩みそのものの中にあるのです。子どもが安心して親と会話する中で自然と解決法がこどもに見えてくるのですね。

そこには、たぶん、こどもの能力を信頼するという気持ちも必要でしょう。

瀬川さんは、子連れのご主人と結婚されたので、いわゆる継母だったわけです。もう思春期の娘を突然もつ母親役を演じることになって、彼女は精一杯母親として出来る限りのことをやったつもりですが、娘さんは反発し、完全な親子断絶になって口もきかなくなってしまいました。瀬川さんは愛情が足らなかったのではないかと深刻に悩んだそうです。そして幸いなことに親業と出会うことで、親子のコミュニケーションがとれるようになり、それ以来人も羨むようななんのわだかまりもない親子関係が維持できているそうです。

瀬川さんは、じつは愛情が足りなかったのではなくて、愛情を伝えるコミュニケーションのスキルが足りなかったのだと後で気づいたそうです。そして、過去と相手は変えられないが、自分と未来は変えれることにも気づいたそうです。

こどもはいろいろな悩みを抱えるものです。それを忍耐強く聴いてあげることが大事だと言います。

我が子たちを観察していると、感情は一過性だとつくづく思います。そこを思いやって肯定的な感情表現をしてやると、こども(相手)は即変化して行きます。
「そうしてくれるとパパは助かるよ。うれしいな!」というふうに。

そういえば、日本の男性はいかに感情表現が下手か思い知らされます。
誰もが、心の悩みを聞いてくれる相手を求めているのだと思います。この親業は人間関係を上図にはかっていくための貴重なテクニックです。平和省プロジェクトでも瀬川さんの話しをしてもらいたいですね。

土曜日, 3月 10, 2007

3月9日イラン問題

アメリカのブッシュ政権がイランとの戦争を準備しているとさまざまな論評が飛び交っていますが、今日のガーディアン紙に掲載されたノーム・チョムスキーの記事に興味ある視点が書いてありました。

ブッシュ政権とメディアは、イランのアフマディネジャド大統領を悪の権化のように非難しています。例えば、彼がイスラエルは存在すべきではないと言ったという記事が大きくセンセーショナルに西側メディアでは報道されています。
ところが、イランの大統領という立場は、私たちが一般に考えている大統領とは、ずいぶん違うことを理解しないといけません。これはイスラム教国家の政治文化を理解しないと分からないことですが、イスラム教では、アラーの神の教えを日常社会に実践することがもっとも崇高な生き方とされています。イスラム社会では政教分離などという思考はありません。したがって、政府とは、それ(神の教え)を手助けする機関であって、もっとも権威を持つのはイスラム教の最高組織なのです。
現在その最高位にいるアヤトラ・アリ・カメネイ師が最高権力者と言っていいでしょう。そのカメネイ師が、イスラエルがパレスティナとの紛争問題に国際的なコンセンサス案を受け入れるのであれば、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化に務めると、イスラエルの存在を認める発言を公式にしているのです。
ところが、西側のメディアはいっさいこのことは報道しないで、アフマディネジャド大統領の挑発的な言葉ばかりを取り上げています。
これらの相反する発言は、イランの政治内情を考えれば推測できることですが、たぶん経済不振で国内問題を抱えるイラン政府は国民に対してはタカ派的スタンスを取らざるを得ないのではないでしょうか。政治外交レベルと宗教外交レベルの二枚舌外交でバランスをとっているのでしょう。イラン人はなかなかしたたかです。

事実イランは2003年に、経済制裁を課して敵視外交をつづけるアメリカ政府に対し、核問題やイスラエル・パレスティナ問題などすべての懸案事項に対して交渉をする用意があるとワシントンにアプローチしているのです。ところが、ブッシュ政権はこの提案を握り潰してしまいました。
2004年には、今度はEUがイランとの交渉で、イランが核濃縮プロジェクトを放棄する代わりに、EUは、アメリカ・イスラエルのイラン攻撃を阻止するという一種の安全保障協定を取り決めました。しかし、あきらかにアメリカの圧力でこの約束は反古にされ、イランは核濃縮を再開してしまいました。

チョムスキーは、イランの核兵器開発を本当に避けたいと思うのなら、このEUとイランとの取り決めをワシントンに納得させ、実質的な外交交渉のテーブルにつかせることが大事だと締めくくっています。そうすることで、イランが国際経済の仲間入りを果たすことができると。

金曜日, 3月 09, 2007

3月8日ハワイの歴史

ハワイの滞在もあと数日になりました。ハワイがどのようにアメリカに合併されたのか、その真相を知る人はアメリカや地元ハワイでもあまり多くありません。最近出版された"Overthrow"(ステファン・キンザー著)という本がその詳しい過程を教えてくれています。

19世紀末まで、ハワイ諸島(当時はサンドウィッチ諸島と呼ばれていた)がハワイ王朝が支配する独立国だったことはよく知られています。そこにアメリカのニューイングランド地域から、キリスト教布教にたくさんの宣教師(ミッショナリー)たちがやって来ました。彼らとその子どもたちは、ハワイ先住民たちがやっていたサトウキビ栽培が大きな利益を生むことに目をつけ、巨大なプランテーションを作り上げて、アメリカに輸出することで巨大な富を築きました。

ところが1980年代はじめにアメリカが砂糖輸入に高関税を課したため、ハワイの砂糖は事実上売れなくなってしまい、プランテーションのオーナーたち(宣教師たち)は財産を失う危機に瀕し大騒ぎになりました。

そこで彼らはワシントンに出向き、ときのベンジャミン・ハリソン大統領に直訴して、ハワイ王朝への反乱を支持するよう取り付けました。ハワイに戻った「革命支持者たち」(プランテーション宣教師たち)は、アメリカ大使とアメリカ海軍と示し合わせて、王政の政情不安定という口実を唱えて勝手に新政府宣言を行い、ハワイ市民の安全擁護のためという理由で海兵隊を招き入れてしまいました。当時のハワイ王朝の女王が対抗手段を取る前に、アメリカ政府は即このハワイ新政府を承認してしまったため、事実上ハワイ王朝政府は消滅し、ハワイはアメリカ軍に擁護されたプランテーションのオーナーたちが牛耳る新しい独立国となったのです。

しかし、この革命騒ぎの真相がワシントンに明らかにされたことから、連邦議会は強引にハワイをアメリカ合衆国の植民地にするハリソン大統領のハワイ併合法案を却下してしまいます。ハワイはその後数年間独立国として存在せざるを得ませんでした。というのは、次の民主党グローバー・クローブランド大統領が反帝国主義者でハワイ併合に反対して協定を破棄してしまったからです。そして,次の共和党大統領マッキンレーの代になると、フィリピンを取ろうとするアメリカが、スペイン・アメリカ戦争を始めていて、ハワイはカリフォルニアとフィリピンとの中間に位置する重要軍事拠点とみなされ、革命事件から5年経ってやっとハワイは併合されることになります。

この"Overthrow"(転覆)という本は、アメリカが関わった政府転覆の仕方には、ひとつのパターンがあることを主張しています。それは、通常考えられている、軍が何らかのかたちで介入して、あとからアメリカのビジネスが入って行くと言うのではなく、その逆だと言っています。ハワイ、キューバ、フィリピン、グアテマラ、チリ、ホンデュラス、南ベトナム、アフガニスタン、イラク、パナマ、イラン,プエルトリコを例にとってアメリカがどのように外国政府を転覆させてきたか、その構造を分析し、その結果として、それがどのように世界情勢に影響を与えてきたか述べています。

日曜日, 3月 04, 2007

3月3日ホーポノポノ

ハワイ島コナにいます。

ここは火の神ペレがいるところ。そのお膝元のボルケーノに先週行きました。ハワイ先住民に伝わる癒しの秘術ホーポノポノを教えているDr. ヒュー・レンさんと会うためです。

レンさんはもともと精神科医で、精神医療を必要とする犯罪者の州立病院で働いていました。

「私は大学や病院で25年間精神学を勉強してきました。しかし、ショックなことに、実際にそれらの知識や技術は、現実の病院の囚人たちにはまったく意味を成さなかったのです。そして、ハワイの伝統的な癒し、ホーポノポノを教えるカフナ・シメオナに出会い、人生が一変したのです」

なにが起こったのでしょう。レンさんがホーポノポノを始めてから奇跡が起きたのです。つぎつぎと犯罪者たちが精神的に立ち直り、一人去り二人去りして、ついにはその病院が閉鎖されてしまったのです。

現われたレンさんはどうみても日本人にしか見えません。温和な言葉付きでユーモアにも溢れています。

「いま起きているすべてのことはあなたが起こしているんです。あなたにすべて責任があるんです。ですから、すべてを引き受けなさい。ただ、"I'm sorry. I love you."と言えばいいんです。あとは「永遠なるもの」がすべてうまくいくようにやってくれます」と語りはじめました。

「魂はだれでも純粋無垢。だから誰にでもそこに神を見なければいけません。汝の敵を愛するんです」

ホーポノポノのホームページには、以下のように書いてあります。

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Dr. イハレアカラ・ヒュー・レンさんの言葉

ホーポノポノは本当はまったくシンプルです。
太古ハワイ人にとって、問題は考えにありました。
でも、考えそのものは問題ではありません。では、何が問題なのでしょう?
それは、私たちの考えはすべて人や場所や物事のつらい過去を背負っているからです。
知性だけではその問題を解決することはできません。知性はただ管理するだけだからです。
物事を管理することは問題解決にはなりません。それらを無くしたいのです。
ホーポノポノを行うと、聖なる存在がそのつらい考えを浄めてくれるのです。
あなたが人や場所や物事を浄めるのではありません。
あなたが、その人や場所や物事に関わるマイナスのエネルギーを中和させるのです。
ホーポノポノの最初のステップはそのエネルギーの中和作用です。
すると素晴らしいことが起きます。
そのマイナスエネルギーが中和されるだけではありません。
それは帳消しされて、新しい出直しになるのです。
仏教ではこれを「虚空」と呼びます。
そして最後のステップは、聖なる存在にその「虚空」を光で満たしてもらうことです。
ホーポノポノでは、何が問題か誤りか知る必要はありません。
肉体的、精神的、感情的に、どのようであれ、いま経験している問題に気づいていればいいのです。
それに気づいていれば、すぐクリーニングを始めることがあなたの責任です。
それは、「ごめんなさい。どうか許してください」と、そのマイナスエネルギーが浄化されるまで言い続けるのです。

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レンさんに会って以来、その言葉がいつも頭を巡っています。

するとあるアフリカの部族の風習が書かれた記事が目に留まりました。

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南アフリカのバベンバ族の癒し方

ある者が無責任な行為や不正を犯すと、その者は村の真ん中にひとり何も繋がれずに置かれる。

村人はあらゆる仕事や行事を中止し、大人も子どもも、すべて村の真ん中に集まり、問題を起こした者を囲んで大きな輪をつくる。

そして、村の者たちは年齢に関係なくひとりひとり、大きな輪の中心にいる問題を起こした者に対して、その者がそれまでの人生で行ったすべてのよい行為を、大きな声で述べ立てる。

思い出せるかぎりの出来事や経験をあらゆる細部にわたって正確に話すことが求められる。

その者のすべての善行、優しさ、勇気さが注意深く事細かに述べられる。

その者の成し遂げたことや良い面について、誇張したりねじ曲げることは許されない。

すべての村人が、問題の者について思い出せるかぎりのあらゆる良いことを完全に述べ終わるまでこの儀式は終わらず、ときおり何日も掛かることもある。

儀式が終わると、部族の輪が外されて喜びの儀式がとり行われる。

問題を起こした者は、象徴的にまた実質的に部族に迎え入れられる。

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まだやっとスピリチュアルな世界を覗き始めているところです。

木曜日, 3月 01, 2007

2月28日アリアス大統領

1948年に憲法で軍隊を破棄した国ということで、戦争や内紛の歴史に彩られる他の南アメリカ諸国とはコスタリカは確かに一線を画していると言えます。同じ平和憲法を保持しているのに、どうして日本とこうも違うのでしょう。それは日本の場合、新憲法が制定されてすぐ実質上の軍隊である自衛隊が創設され、当然撤退するはずだったアメリカ軍がアメリカの戦略上の理由からそのまま居座ってしまっているからです。日米軍事同盟を日本が固守するかぎりそれは変わらないでしょう。

President Arias JPG

オスカー・アリアス大統領

コスタリカに来てよく耳にしたことは、コスタリカ人がとてもPassiveつまりおとなしい国民だということ。また気づいたことは、この国には英雄が存在しません。どの国にもかならず国民的英雄の銅像があちこちあっていやでも目につくのですが、コスタリカにはどこにも見当たらないのです。それは取り立てて目立つことを非常に嫌うとともに、誰かが特出することもよく思わない、という国民性があるからだとラスール・ファンデーションのリタさんが言っていました。そういう国が、70年代と80年代の内乱と紛争が吹き荒れた中南米の国際情勢にいかに巻き込まれずに平和にくぐり抜けて来れたのでしょうか。それこそ非暴力による紛争解決の鍵なのでしょう。とくに隣国ニカラグア内戦の際は、ニカラグア反政府軍(コントラ)を後押しするアメリカ政府がコスタリカに基地を作ろうといろいろ圧力を掛けて来たのですが、コスタリカ政府はきっぱりと”憲法に則って”拒否しました。このおとなしい国民のどこにそんな気概が隠されていたのか驚きです。

当時その平和外交を国際的に展開したのが後にノーベル平和賞を受賞したアリアス大統領です。その類いなる指導力を買われて現在再び大統領に選ばれています。日本を出る時は、さぞアリアス大統領は絶対的な国民の人気を集めているのだろうと思っていました。ところが、驚いたことにコスタリカではまったく不評なのです。期待していたのにまったく裏切られたという声があちこちで聞かれました。どうやらその理由は、最近アリアス大統領が積極的に進めようとしているアメリカとの自由貿易協定のようです。もしそれが調印されたらコスタリカの文化経済に打撃的な影響を及ぼし、独立性が脅かされるというので、国民の大半が反対しています。

アリアス大統領は現在でも国連を舞台に非武装・軍縮外交を積極的に進めています。もちろん、それは自国の平和憲法を実践している実績があるからこそできることで、実質骨抜きにされた平和憲法をもつ日本が、同じ平和外交をやろうとしても確かに説得力がないでしょう。でも、そのアリアス大統領がどうして国民の大半が反対している自由貿易協定をアメリカと強引に結ぼうとしているのでしょうか。私はそこに、彼が置かれている立場上の苦渋の選択があるのではないかと想像しています。平和と経済を天秤にかけているのではないかと。実際コスタリカには豊かな熱帯林があるだけで、これといった資源も産業もありません。(そのわりには車が多いのには驚きですが、あとで聞いたらみんな見栄で無理して買っているそうです。自動車は100%の関税が掛かるので超贅沢品)そのような貧しい国はおしなべて観光業つまりツーリズム、そしてコーヒーといった換金作物で経済を支えているのが通常です。そしてメディアが決して取り上げないことがあります。それはアメリカ軍基地の存在です。貧しい第三世界の国々を見渡すと、ほとんどの国にアメリカの軍基地があります。言い換えれば、アメリカ軍に土地を提供することで経済が成り立っているところが多いのです。世界のどこを見渡しても、貧しい国は軍事基地とツーリズムでなんとかやっているのが通常です。軍事産業とツーリズムはそのように密接につながっています。でもコスタリカは平和憲法上それができません。アリアス大統領の苦渋の選択はそんなところではないでしょうか。きっとすごいアメリカ政府からの圧力があるんだと思います。基地をとるか、経済をとるか。

Cecilia JPG

コスタリカのアリエス大統領の姉(妹?)・セシリア・アリエスさんときくちゆみ


さて、改憲問題に揺れる日本のことを思うとこころが重たくなりますが、コスタリカでアリアス大統領の妹さんのセシリアさんに会いました。憲法9条が無くなってしまうかもしれないという日本の事情を伝え、なんとかアリアス大統領に日本に来てもらって国会で演説してもらえないかと訊ねると協力しましょうと言ってくれました。実現するよう祈りましょう。